KIEV10


キエフ10の付属マニュアル表紙


キエフ10/KIEV10は、数多いソ連製カメラの中で最も印象深く、間違いなくソ連時代を代表するカメラの一つだと思う。ウクライナ、アーセナル工場で1965年から1974年まで製造。セレン受光計を使ったシャッター優先自動露出システムを搭載という画期的なカメラ。多分世界初の自動露出一眼レフ。直線を基調とした当時のソ連製宇宙開発機器、スプートニクやソユーズの雰囲気をにおわせる、当時は未来的なデザインだったのだと思う。

独ツアイス・イエナのコンタックスの生産ラインや技術者は、第2次大戦後ドイツから戦争賠償としてソ連邦のウクライナの地に運ばれ、アーセナルでコンタックスのコピーというかキエフという名前のコンタックスそのものを製造していた。アーセナル工場ではサリュートというハッセルブラッド型中判一眼レフは製造していたが、35ミリフィルムを使う一眼レフは、これが最初のはずだ。いきなりずいぶん難易度の高い製品を作ったものだと感心する。



KMZのZENITなどは、ZORKYをベースに徐々に発展していく経過が良くわかるのだが、このKIEV10は突然現れる。しかもスペックは、独自バヨネットマウント、シャッター優先自動露出、金属膜ロータリーシャッター、クイックリターンミラーと、驚くべき装備で、当時世界で最も進んだ一眼レフだった。
ソ連製 カメラというと、すぐに西側製品のデッドコピーという人がいるが、まあ、日本にもニコンSだとか、ブロニカとかいろいろあるので人のことは言えないと思う・・・

このKIEV10に関して言えば、独自技術をおしみなく注ぎ込んだ他に類型を見ないオリジナルなカメラだ。レンズ側に絞り目盛りはなく、ボディー側でAオートか、マニュアル時は絞り値をセットする。連動範囲は狭いが、長くて重いシャッターを押せばシャッター速度に応じて、絞り値が変化する。さすがに経年変化でセレン受光計は大幅に狂っているが、マニュアルでの基本動作に問題はない。ファインダー清掃のため一度ばらしたが、露出計は単純な構造でセレンにつながる抵抗値を変えて調整してやれば直るだろう。



このカメラの心臓部、シャッターはその独自性を顕著に表している。薄い金属板を回転させる金属膜ロータリーシャッターを採用している。この構造のシャッターは後にも先にも、このKIEV-10とKIEV-15以外には採用されていない。このシャッター構造のために、ボディーは大型化せざるを得ず、製造コストもかさんだことだろう。当時アーセナルで製造されていた、カメラはすべて金属シャッターでコンタックスII以来の金属シャッターに相当な思い入れがある設計者がいたのかもしれない。

交換レンズ群



まさかキエフも極東に連行され、狛犬を撮すことになるとは思いもよらなかったことだろう。年代が早い方ができが良い、というソ連カメラの法則通り、KIEV10の方がKIEV15より問題が少ない。マニュアルで使用する限りは、大きくて重いこと以外他の一眼レフとあまり変わらないが、使用感はやはり大昔の一眼レフで、実用性は低い。しかし優秀な交換レンズの味を堪能するには、このボディー以外では不可能。

どうせ趣味の写真なんだから、実用性など野暮なような気もするが、他に便利な物があるとついついそちらに流れてしまう。最近は古いレンズをデジカメ一眼にアダプターで取り付けて、撮影してしまうことが多い。KIEVのレンズはそんな自堕落な方法を許してくれない、このレンズを使いたいときはきっちりフィルムをKIEV10に詰めて使わなければならない。その分気合いが入って良い写真が撮れそうな気もする。



 



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