8月に糸魚川のヒスイ探査を実施して以来の調査、ワタナベセンセの水晶探査のお誘いに親子で喜々として参加。山梨県乙女鉱山へ行くこととなる。日本で水晶と言えば、山梨県がメッカである。しかしこの山梨で水晶が鉱石として採掘されていたのは、明治から昭和初期の割と短い期間で、不足する原石を海外から輸入して山梨で加工するようになった。現在も山梨では宝石加工業が盛んである。

山梨の水晶山は枯渇したのか?というとそんなことはなく、海外から輸入した方が、安くて良質な物が手に入ったのだろう。今も山梨県内の鉱山跡からは、水晶が産出するらしい。その中の一つ乙女鉱山に某博物館学芸員のワタナベセンセの案内付きという豪華ツアーに、私と愚息エンジンが参加した。はたして水晶は手に入るのか?

乙女鉱山は昭和55年前後まで稼働していた、石英、タングステン、水晶を産出する鉱山で、現在は廃鉱となっているとのこと、塩山市街からから一般道-林道を通り、標高1.500m奥深い紅葉の山の中を歩いて小一時間で廃鉱跡に到着。放置された鉱山事務所は荒れ果てながらも、建物は健在で、途中の道にはきれいな石英がごろごろ転がっており、いやがうえにも期待はふくらむ。

ワタナベセンセの案内で石英の採掘跡、ズリと呼ばれる鉱滓捨て場を見学、このズリの中からも小さな水晶は採れるようですが、先人達は壁面をハンマーやバールでたたいて、ガマと呼ばれる小さな水晶洞を探しているようで、採掘跡地は、新しい掘り跡がたくさんあった。見学後ここでは採掘せず旧坑道に向かうため、崖下に流れる荒川渓谷に下りる。
右写真が、採掘跡、右上部の壁がガマを掘り返した跡。

鉱床は地層が深くむき出しになる渓谷で見つけやすい、つまり鉱床の近くには川がある、鉱物調査は川の調査も兼ねられる! これが、このページがカヌーのページの中にあるある唯一の理由。それにしてもこの荒川は標高1.500mの上流部とは思えないほど、水量が豊富で、もう少し下ればダッキーならいけるか?今度はカヌー、釣り竿持参で鉱物調査もいいな?ワタナベセンセによると、星も良いらしい、天体望遠鏡もいるかな?

途中先人の採掘のために、崖は崩れ川まで下りるのは少々危ない。メットとロープを用意するべきだった。旧坑道を発見して、喜々として中に入るワタナベセンセ。彼は、ここ乙女鉱山に来だして10年のベテラン。この坑道は石英岩をくり抜いた坑道で比較的安全とのこと、内部に入るととたしかに落盤等の形跡は無い。

さすがに坑道の奥に行くのは、危険。入り口近くで喜々として採掘する、愚息エンジンとワタナベセンセ。土を掘り返すと先人のゴミが所々で出てくる、ゴミは持ち帰るよーに!採掘跡の土を掘り返すと、時々きらりと光るものが混ざる、これが水晶で、先人が壁を掘り返したときに落っこちた物。落とし物?みたいな物を土の中から探す。

小一時間で、数十個のそれらしい物を拾い、ふるいに入れて荒川で洗浄。頭のある物だけを坑道の中で選んだが、けっこうな数を拾うことができた。これもすべてはベテランワタナベセンセのおかげである。荒川に沿って移動すると岸壁や河原には、下の写真のような小さな水晶をつけた石がごろごろしている。

荒川岸壁を、探査。今回はバールも、ハンマーも持たずに入ったので、見学程度。坑道近くは、いろいろと掘られた跡があるのだが、木の根本を大規模に掘り返すのはやめてほしい、数本の木が倒壊しそうな状況にあった。せっかくの自然科学に接する機会なのだから、周りの自然をなるべく傷つけぬようこころしてほしいものだ。

小指から親指ぐらいの大きさの水晶をたくさん拾うことができた。ワタナベセンセからいただいたシュウ酸で表面の汚れ(主に酸化鉄)を取ると、透明度の高い水晶が現れた。

双晶(写真下)や、黄鉄鉱(写真右下)なども同時に採取できた。この鉱山はタングステンも産出するのだが今回は見あたらなかった。

 学校では、地質学、地学を専攻 岩石学の授業も受けた覚えはあるが、その後石は投石学に専念し、地学科に所属しながらいつもハンマー代わりに釣り竿を持っているというとんでもない学生だった。ま、当時はそれ以上にやらなければならないと思っていたことがあったような気もするし、学校もまともに開いていなかったのだが。しかし今回の調査は面白かった、ちょっと不純かもしれないが宝探し的な要素から岩石そのものに興味がわき、結局いろいろと専門書を買い込み岩石学や地質学を生まれて初めてまじめに調べている。鉱物調査も鉱山の坑道に入るのも楽しい初経験だった。地質や岩石に関する興味は、こんな宝探し的な要素からスタートすると案外たくさんの人が興味を示すのではないか?とも思う。この辺に自然科学の楽しさを伝授するキーポイントがあるのかもしれない。

|鉱物資源探査|


|TOP|