概要:小田急線 鶴間駅から旧国道246号・大山街道・矢倉沢街道を町田市との市境、境川ほとりにある観音寺まで。 所要時間:往復約60分
このルートの旧国道246号はほぼ、旧街道と一致しておりかつての大山街道・矢倉沢往還をたどることができる。特に山王神社から観音寺にかけては、旧鶴間村の中心地で旧街道の跡を色濃く残している。

 スタートは、小田急線・鶴間駅脇、旧246号との踏切から。渋谷方面に向かって歩くと、左手すぐに矢倉沢往還の説明石碑がある。

 石碑の先すぐに二手に分かれる道を、左の旧道に入る。

 鶴間駅周辺はかつては畑、原野だったため旧街道を示す物はほとんど無い。

 県道との交差点を渡ってしばらく行くと、旧下鶴間村中心街に、

 旧下鶴間村入口、滝山街道との交差点には、山王神社がひっそりとある。ここにも矢倉沢往還の石碑と古い道祖神とがあるが、残念ながら風化がはげしく道祖神に刻まれた文字は判別不能。

 滝山道との小さな交差点のすぐ先に、諏訪神社への近道があるのでそちらに入る。

 近道の途中に伊勢社がある。なぜか国土地理院の地図には載っていない。昔諏訪神社に合祀されていた時期があるらしい。

創立年代は不詳、「延宝8(1680)年の棟札あり」とある、社殿は明治時代の物で、神楽殿共々見応えがある。この地域の神社は、神楽殿が付属する物が多い。

下鶴間村は、江戸時代に大山参りの矢倉沢往還の宿場町として栄えたためか諏訪神社は周辺の神社より規模が大きい。

神社は矢倉沢往還道には面していない。神社の前の道を北に進むと矢倉沢往還に合流し、その位置に鶴林寺がある。浄土宗 鎌倉光明寺末 天保12年(1841)に編纂された「新編相模国風土記稿」下鶴間村の条に記されている。

瀬沼家代々の墓があり、説明石碑がある。境内には明治6年に作られた下鶴間学校の跡地もある。

矢倉沢往還に出て、長津田方面に歩を進める。黒塀の旧家や、江戸時代の立て札を再現した「下鶴間ふるさと館」がある。

 「下鶴間ふるさと館」のある交差点は「旧鎌倉街道上の道」との交差点となる。右は横浜市を通って鎌倉へ、左は町田から群馬県へと続く。

 鎌倉道との交差点から町田市との市境まで、古い町並みが若干残っている。

 大山街道が境川と交差する所に、観音寺がある。鶴間山東照院と号する真言宗のお寺、創建は天文年間(1532〜1555年)と推定。

境内は比較的広く、なぜか野良猫?がたくさん昼寝をしている。ここまで、鶴間駅から約30〜40分、少し休憩して、大山街道を戻る。

鶴林寺下の民家の黒塀にそって、鶴林寺裏に向かう。

墓地の脇の急坂を登り、鶴林寺の脇を通って、再び大山街道に出る。

この付近には常夜灯などの石作物が残っている。

大山街道を鶴間駅方面に向かう

山王神社を越えて左手に山王公園が見えたら、大山街道から右に入る小道に入ってみる。この道は明治20年測量図にも載っている古い道、ただし畑の農作業道だったのだろう。そのまま小田急線方面に行くと、ふるみち公園に出る。さらに行くと小田急線の架線にぶつかり、道は終了する。線路に沿って左に行けば出発点の鶴間駅に戻る。

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