概要:八王子街道と厚木街道(国道246)の道が交わる目黒交差点、横浜市瀬谷区五貫目町から鎌倉古道を境川沿いに町田市金森までたどり、途中境川を渡り東林間駅に至る。
距離:9.3Km 標高差:60m 所要時間:2〜3時間
付近は国道246号、国道16号、東名高速が交差する現在の交通の要所、鎌倉古道、鎌倉街道上の道もこの付近境川沿いにあったはずだが、すでに700年を経過している上、道路の付け替えや工場などで分断されたりして痕跡ははっきりしない。明治時代の地図をもとに旧道を探査してみる。

今回のスタート地点は、つきみのサティの隣ラーメンえちご本店、ちょっとこちらで腹ごしらえしてから出発、(ここのラーメンは安くておいしいのでお気に入り)通常は、南町田駅かつきみ野駅を出発点とするのが良いだろう。

下鶴間交差点〜観音寺

(1)「かまくらみち」と呼ばれる旧道、瀬谷から境川を越えて続く道で境川左岸を八王子まで続く滝山街道に合流する。室町後期以降に整備された街道と思われ、鎌倉古道ではない。
(2)旧大山街道との交差点付近、駐車場奥のお稲荷様、この地域は庭にお稲荷様をお祭りする家が多い。
(3)観音寺、1550年ころの創建とされていて、周囲の寺社も1600年以降の創建なので鶴間宿の成立は室町〜江戸時代?。たぶん新田義貞軍は鎌倉攻めでこの道は通っていないだろう、時代と道が違うと思うのだが。
境川を渡り、旧大山街道を町田方面に向かう

大山街道・町田市鶴間〜鎌倉古道交差点

(4)境川を渡ると、国道246の高架で道は途切れる、高架の脇に五貫目の道祖神が移転され、小さな公園になっている。

246の高架をくぐり、旧246大山街道に入る。
(5)旧246沿いのこの付近は、旧家が点在している。
(6)円成寺 天文7年 1538年創建 町田市の文化財・聖徳太子の寄せ木作りの像がある。
(7)日枝神社・小さなお社、鶴間熊野神社の末社。明治時代までは個人の勧請したお社であったらしい。昭和46年、熊野神社より移設され、「板ぶき目板打」屋根が残る。この区間は、広い道なのに交通量は少なく、のんびりと歩ける。旧家も残り風情のある地域。

(8)町田恩田川沿いからの鎌倉古道東ルートと交差、大ヶ谷戸バス停には庚申塔が祭られている。この交差点から伝鎌倉古道を南に下ると横浜市瀬谷地区に向かう、今回は大山街道を離れ町田方面に伝鎌倉道を北上する。もう一つの境川に沿った伝鎌倉古道西ルートは東京女学館脇から川に沿って北上するルートで、鶴間熊野神社の前にでる。
 

国道246〜グランベリーモール裏

伝鎌倉古道を北上、国道246を歩道橋で越えて、大きなショッピングモール裏に出る。道は細々と続き御嶽神社の塚があり、次は国道16号を歩道橋で越える。倉庫、大規模マンション、工場が混在する中を伝鎌倉道は道幅を狭めながら続く。
(9)国道246を歩道橋で越える
 

(10)御嶽神社、由来は不明、武蔵御嶽神社をお祭りしているとのこと。鶴間一里塚の碑があり人造物のように見える円墳の上に小さな祠がある。ショッピングモールの裏ニトリの駐車場の隣に忘れ去られたようにぽつりと残っている。
(11)細々と続く鎌倉街道東ルート、周囲は以前は広々とした畑で集落はなかった、現在は倉庫、工場地帯から大規模マンションなどの住宅地に変わりつつある。

熊野神社と八坂神社 鎌倉古道西ルート

鎌倉古道東ルートは、やがて現町田街道・小川原交差点付近で途切れる。交差点手前十字路を左に曲がり、段丘下を通る鎌倉道西ルート方面に向かう。段丘崖にさしかかる手前に熊野神社脇に降りるかつての古道の雰囲気を思い起こさせる道がある。熊野神社、八坂神社を巡り、農家の残る鎌倉街道西ルートを北上する。
(12)古道の雰囲気が残る抜け道
(13)熊野神社 享保11年4月(1736年)に本殿を建立の記録がある。旧社殿は昭和46年に、前出大山街道沿いの日枝神社に移された。現在は鉄筋コークリート作りの社殿。
(14)八坂神社、熊野神社の末社、八坂神社は町谷の山王社であったことが記されている、いつのまにか八坂神社になってしまったらしい。境内には古い庚申塔が2体あるが年号は読めない。
近隣に倉を持つ歴史のある農家が数件あり、旧街道の雰囲気を残している。
 

常楽寺 〜 西田杉山神社

道はやがて常楽寺の前を通る、この付近は町谷と呼ばれ、町谷原という地名も残る。ここは、8世紀の古東海道、宿駅、店屋(まちや)があった場所と推定される。浜田(海老名市国分寺台)の次の駅で、ここから武蔵国、国府・府中へと繋がる、ほぼ鎌倉道上の道沿いの道が存在したものと思われる。(15)町谷原付近の交差点(16)常楽寺・前の道をこのまま直線的に進む道も古い街道だが、鎌倉街道上道は常楽寺手前を左に曲がり杉山神社を経由していたとのこと

残念ながら、常楽寺から西田杉山神社経由の古鎌倉道ははっきりしない、境川河道に近く道は付け替えられ残っていないようだ。その事実は、(18)杉山神社の鳥居が物語ってくれる、鳥居は本来街道に沿って立てられたはずだが、道だけが付け替えによって方向がかわってしまった。本来は、このまま境川沿いに、金山神社を経由して鶴金橋付近で段丘上の道(17)と合流したものと思われる。多分段丘上の道ができてからは使われなくなり、神社だけが取り残されたのだろう。

鎌倉街道上の道は、このまま町田駅方面へと続いているが、今回は鶴金橋で境川を左岸、相模原市方面に渡り、そのまま直進して東林間駅に至り終了。実は、境川左岸にも旧街道(滝山街道)が残っているので今度はそちらも紹介してみたい。

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