2006年8月27日 新潟 三川鉱山の探査
猿/熊/大藪/そして二次鉱物


 赤谷鉱山の一山向こうに、二次鉱物の宝庫、三川鉱山はある。熱水鉱脈型鉱床で、明治時代から金、銀、銅、を採掘、戦後山体下部で鉛、亜鉛を採掘していたが昭和36年に閉山している。昨年は三川村を通過してしまうという失態を演じてしまったが、今回は赤谷鉱山の調査を早々に切り上げて、午前10時頃には麓の綱木集落に到着。綱木から林道を入ろうとしたら、崖崩れのため通行止め、ついでに立て看板があり山菜取りのための入山禁止の旨の経緯が書いてあった。うむ、入山禁止は紫水晶対策ではなかったのか。林道のもう一方の入口新谷側に回り、一路 馬髪山のズリ跡をめざす。
林道脇に数カ所あるズリの内、最も見つけやすいズリ。大きめのズリ石がころがる。>>
 林道からは、大きな沈殿池や選鉱場の跡地が谷間に見える、鉱山に直接つながる沢沿いの道は、橋が流されるなど荒れていて徒歩でも使用できない。林道をしばらく進むと、車道すぐの山側に大きなズリが見える。大きめのズリ石が転がる、よーく見ると多くは石英で、小さな水晶がついているものが多い。緑色の孔雀石もぽつぽつ見える。銅の二次鉱物の影響か、表面の赤い石英などなかなか、綺麗だ。ここは藍銅鉱などの二次鉱物は少ないとされるズリだが、丹念に捜すといろいろと出てきそうだ。ところで、この場所鉱物ガイドなどにも紹介される超有名産地なので、さぞかし人が入っていることだろうと思っていたが、

あまり人の入った気配はない。たしかにごく最近ハンマーで割られただろう石はあるが、拍子抜けするぐらい荒れてはいない。多分お金になる宝石系の産地ではないので、セミプロが来ない、首都圏からかなりの距離(東京から600Kmぐらい)があるので、普通の人もあまり来ないのだろう。実際、夏休みの日曜日だが私以外の車は地元車一台しか来なかった、その一台の方も、"ちたけ"というキノコさがしのついでに庭に置く石探しで来たとのこと、水晶付の小石をさし上げ、この石の由来を説明する。春は山菜取りで賑わうが、それ以外の季節はほとんど人はいないとのこと。
すぐ隣にも、小さめの石のズリがある。 >>>

最初のズリでざっくり採取を終え、二次鉱物が多いといわれるズリ探しにかかる。実は、その位置は資料によると、もっと手前で、通り越してしまったようだ。来た道を少し戻り、怪しげなズリ跡を発見するが、藪が異常に深い!人も入った様子が無くとりあえずズリの小道が見える所を入り、あとは藪こぎをしながら、上をめざす。山の斜面に、猿を確認、10mほどまで近づいても逃げない。お互い無関心を装い、すれ違う。それにしても藪は深い、しかも水が地面から湧き出しぐじゅぐじゅなのだ。これは道を間違ったなと思い、視界の効かない周辺を注意深く観察。
同じ地崩れ地形だが、山の端の右と左を間違えたらしい。戻るのも悔しいので、大藪を斜め横断して目的地の下に向かう。これがものの20mもないと思うのだが、どろどろの地面と、背丈をはるかに超える藪に阻まれ死の行軍となる、しかも立ち止まると、近くの藪でなにやらガサガサ音がする!猿?そういえば熊注意の立て札もあったよな!恐怖に駆られながら必死に進み、ようやく目的地、下のズリ脇側溝に到達。目印の側溝は藪の中で見えなかったのだ、そこから目的のズリまでは、ズリ伝いに藪が途切れてはいるのだが、すでに戦意喪失。這々の体で林道に止めた車に戻ったのだった。
というわけで、今回は戦意喪失のため目的のズリを目の前にしながら帰路につくこととなる。今度は藪が深くなる前にこよう!林道の壁面は、むき出しの岩盤で、ところどころ面白そうなものも見える。林道から、旧鉱山施設跡に下りる道は二年ほど前に整備されたらしく、ところどころえぐれてはいるが一応4WDなら入ることができる。選鉱場跡地と思われるところは、ズリで整地され、地面に落ちている水晶のついた石英がキラキラと光っていた。林道近くのズリ以外にもズリや坑道もたくさんあるらしいが、すでに多くは藪の中で自然に帰りつつあるようだ。来年は、猿、熊、藪の無い安全な時期(いつだ?)に来てみたい。
<帰り道去年も見かけた、村松のお肉屋さんのメニュー。「いのししバラ肉」「鹿、焼き肉用」「なまずさし」「だちょうさし」など元気の出そうなワイルドなメニューがある。三川の帰りにはぜひ寄っていただきたい。

花崗岩や石英の小さな隙間の間に、水晶と孔雀石が同居している。
孔雀石は色から、判断して普通の孔雀石だろう。藍色の藍銅鉱らしきものも同居している。このほか、黄鉄鉱、黄銅鉱、銀黒?の脈の入った石英等を採取。

 

 

|鉱物資源探査|


|TOP|